たけしの忙中閑話

冬のソナタ考。。。

小生、目下、韓国ドラマの「冬のソナタ」にはまっている。いや、はまってしまった、と言ったほうがいいかもしれない。しばらくの間、家内や娘が夢中になって見入っているのを「なんで、韓国の昼メロなんかを面白がっているのか」といぶかしく思ってはいたのだが、ある時、たまたま深夜の再放送を見る機会があって以降、もうどうにもとまらなくなってしまった(笑)。

いまや「空前」と言っていい「冬ソナブーム」が日本中を席巻しているので、既に内容をご承知の方も多いであろう。純愛モノである。生粋のラブストーリーである。男性の場合、見ているのを知られると恥ずかしいくらいである。だから自分のように、実は隠された、いや、隠れた男性ファンはずいぶんといるはずだ、と小生は踏んでいる。

物語は主人公たちの高校時代からスタートする。同じ放送部に属する仲間たちのあいだで、恋愛の葛藤がある。一人の清楚で美しい娘をめぐって激しい男同士の争奪戦があり、それはやがて決着を見るのだが、その娘の心を射止めた男性はある時、不慮の事故で死亡してしまう(正確には死亡した、ということにされてしまう)。少女はそれから長い間、傷心の日々を送る。

ところが、彼は死んではいなかったのである。事故で記憶喪失になった彼は医師によって新しい記憶を植え付けられ、10年後に「別人」となって突然、彼女の前に姿を現す。その時、彼女は学生時代から一途に彼女を思いつづけていてたもうひとりの男性の婚約者となっていたのだ。物語はここから急展開を始める。。。ああ、こう書いていても、次から次へとドラマのシーンが浮かんできて、ついつい胸がキュンとなってしまうのだが(笑)、まだ見たことのない諸氏のためにこれ以上、ストーリーを明かすことはよすとしよう(笑)。

要は、極めてピュアーな初恋を描いた作品である。今の日本にはない、いや、作れない作品だという気がする。年配の方に言わせると昔の「君の名は」のストーリーに近い、とも言う。初恋の人が忘れられずに捜し求めていくが、いつも再会の寸前になってそれが実現しない、というあの物語だ。「冬のソナタ」でも二人の恋は成就しそうでなかなか成就しない。うまくいきそうになるとまた新たは事件が起こり、再び二人は運命に翻弄される。そのたびに視聴者はブラウン菅の前で一喜一憂することになるというわけだ。

「定番」といえばまさしく「定番」的な展開なのだが、それにしてもよくできているドラマだと思う。全部で20作ほどあり、自分はまだ半分くらいしか見ていないのだが、ひとつひとつをとても丁寧に作っていることが伝わってくる。ロケに使われているのは主に真冬のスキー場だが、この風景が実に美しい。今は「冬ソナツアー」といって、これらのロケ地を回る旅行商品が馬鹿売れだという。主演のペ・ヨンジュンという役者はいまや日本のおばさま達のアイドルだ。別名を「笑顔の貴公子」という(笑)。先に羽田に氏が降り立った時には5000人近くの熱狂的なファンが押しかけたというから凄い。ハリウッドスターも顔負けの人気である。

主演女優のうぶな仕草がまたいい。実に男心をそそられる。最近の日本女性には見られない、可憐さがあるのだ。、、、、などというと大変なお叱りを受けるかもしらんが(笑)。

思うに、なぜ、このドラマがこれほど現代の日本人の心をとらえるのだろうか。。。。それは、ちょっとつまらない言い方になるが、「我々が失くしつつあるものを見せてくれているからだ」という気がする。このドラマには実に「沈黙」の時間が多い。主人公たちはいつも切なげに眼と眼で思いを語り合う。余計なセリフはつとめてカットされている。たまに口をついて出るセリフは「詩」のように美しい。今の日本の脚本家なら「いまさらそんなセリフは臭くて書けない」と言うかもしれない。しかし、それがかえって視聴者の心を打つのだ。誰もが自らの「初恋」の時のせつない気持ちを想い出す。

韓国の人々と我々はほぼ同じようなメンタリティーを原型としては持っているのではないか、ということも「冬ソナ」を見ていて感じる。いちいち言葉で表現せず、ちょっとした仕草や眼差しで心を伝え合うという繊細な作法は同じメンタリティーを共有していなければ、成立しないからだ。ブラウン菅にアップされた役者の目の奥を覗き込みながら、視聴者はだんだんと主人公たちに自分を同化させていく。これほどに「目をもって語らしめる」というドラマは最近の日本ではないように思う。テンポが悪い、とか言って、そういう演出は敬遠されるのだろうか。。。

恋愛ものでありながらいわゆるラブシーンなるものも皆無に等しい。それがまた「純愛」を一段と引き立たせている。時として「抱擁」のシーンが出てくるが、そのたびに、ただそれだけで、ぐっときてしまうのだ(笑)。「恋する」ということ、「愛する」ということがあまりにも即物的に表現される昨今において、このドラマは終始、その純粋な形を示してくれていると思う。

新聞を開けば「少女売春」あるいは「買春」の話ばかりを目にする。ワイドショーでは「援助交際」の特集。夜の番組はどうでもいいようなオチャラケのお笑い番組か、やたらに裸の露出度の激しいものばかりだ。たまにドラマでじっくりと作り込んである秀逸なものもあるが、失敬ながらどうも見ていて「やっつけ仕事」風に感じることのほうが多い。そんなものばかりを見せられ続けてきただけに、「冬のソナタ」のようにグイグイと心象に切り込んでくるドラマが人々の心をとらえて離さないのだ、と思う。

このドラマは一度、NHKのBSかなんかでまとめて放映したらしいが、反響に応えて目下、毎週土曜日の深夜に一話ずつ再放映されている。当初、小生もできるだけ、その時間を空けるようにしてきたが、そうもいかない時もある。そこで、その次はビデオに収録してもらったのだが、だんだんとはまってくるとどうしても少しでも早く「続き」を見たくなる。そこで先日、とうとう、完全収録版のDVDを買ってきてしまったのだ(笑)。
子どもも含めて家族5人が目下、このDVDをとっかえひっかえ、順繰りに見ている(このドラマはおそらく文部科学省も文句はあるまいと思って子どもにも容認している)。一緒に見ればいいようなものだが、こういった純愛モノは一人で鑑賞して物思いに浸るがいい。それぞれ「進度」が違うので、いきおい、家族共通の話題にできるのは全員が見終わっているところまでだ(笑)。

家にいることの少ない小生はどうしても一番進度が遅れることになる。狭い我が家、さらには短い滞在時間の中では好むと好まざるとにかかわらず、家内と同じ時間帯に同じ部屋で鑑賞せざるをえなくなる。「愛しき女房」ではあるものの、これはやはり一人で見て浸りたいところなのだが、なかなかそうは事情が許さない(笑)。先方は既に見終わっているストーリーなのでマイペースで自分のことに専念している。最近はもっぱら、覚えたばかりのダイエット体操である。しかも、こともあろうに勢いあまってせっかくのいい場面の前を横切ったりするのだ。しかし、正直、これだけは勘弁してもらいたい。なんと言うか・・・・まさしく、ぶち壊しである(笑)。

そこで、小生が作った川柳がひとつ。

「冬ソナを見ている側で妻踊る」

かくのように現実は決して甘くはない。
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