たけしの忙中閑話

夜食

以前にも書いたが、議員というのは宴会に出てもそこでゆっくり食事をするなどということは稀である。だいたい、ひたすら酒を飲んでしゃべりこんでいるか、さもなくばひたすらお酌に徹して宴席を回っていることのほうが多く、したがって宿舎に帰りついてから腹が減っているのに気づいて再び外へ食事に出かけることがままある。

高輪宿舎のすぐ隣は「高輪プリンスホテル」であって、そこへ行けば日本料理からフランス料理、中華料理までたいがいのものは揃っているが、一人で夜食を食べるのにそんな高い店へ行くわけにはいかない。ましてや小生、宿舎に帰るとすぐに背広を脱ぎ捨てていわゆる「ジャージ」姿になるのであるが、そんな恰好で高級ホテルに出入りすることもできぬ。そこでこれまで幾たびかの「徘徊」を続けた結果、お気に入りの手頃な店を歩いていけるところに何軒か開拓することができた。

ひとつは小生の好物である「蕎麦や」である。老夫婦がほそぼそとやっている。なかなかにこしがあってうまい蕎麦を食べさせてくれるのだが、早く閉まってしまうのが玉に傷。もうひとつはイタリア料理店。ここは若いご夫妻が二人でやっているこじんまりした店でなかなかに味がよい。お気に入りはペペロンチーニというにんにくをまぶしたパスタである。さらに、「今日は相当に腹が減っているなぁ」と思うときのとっておきは韓国料理店とステーキやさんである。

韓国料理店は実際に韓国の人がやっていて、狭い店で厨房の中の会話がガンガン聞こえてくるが、母国語であるので何を言っているのかさっぱりわからず、さして気にならない。なんとなく束の間の韓国旅行をしている気分になったりできるので結構気に入っている。もうひとつのステーキ屋のほうは、これが知る人ぞ知る有名な店でプロレスラーやら相撲取りやらの「大飯食らい」が集まる人気スポットとなっている。カウンターにして10席くらいの小さな店の壁にところせましと来店したこれら「巨漢」たちの写真が飾られている。昔、プロレスファンだったので「顔なじみ」も多い。

そこでは一番大きなステーキを30分以内に三枚食べるとタダにしてくれた上に、1万円をくれるという面白い企画もやっているが、小生はまだ挑戦したことはない。と言うよりも正直、自信がない(笑)。何度か「挑戦者」が奮闘中の場面に出くわしたが、まだ「成功者」を見たこともない。しかし、待てよ、、、壁に貼られている御仁たちならいとも簡単にたいらげるだろうに。。。まさか、毎回1万円を進呈しているわけではあるまい、と行く度に余計な心配などをしている。

そういう、ささやかな「夜食レパートリー」の中にこのたび新規開店の「焼き鳥屋」が加わった。ここ一ヶ月くらい前から車で前を通るたびに気になっていて、そのうち行ってみようと思っていたのだが、つい先日、これまた宴会の帰りに急に空腹を覚えてふらりと立ち寄ってみたのだ。かなり大きな店なのだがなかなかに盛況を博していてカウンターに一席しか空いていなかったので、そこへ座った。焼酎の水割りを頼んで焼き鳥を数本注文し、さぁて、メインは何にしようかと品書きを覗き込んでいたら、とにかく隣の会話がうるさくてしょうがない。

隣に陣取っていたのは言葉遣いからしておそらくは大阪方面から出張で出てきているサラリーマンの集団だったと見える。年の頃で三十代後半から四十代前半くらいだろうか。既にすっかり酔いが回っていたようで、大声でカウンター越しに店主とおぼしき御仁とやりとりをしているのがいやがおうでも聞こえてくる。

「しかしまいったよな。。。ねぇ、大将。地獄の特訓ていうの知ってまっか?」
「地獄の特訓ですって? ああ、聞いたことあるなぁ。。あれでしょ、会社の幹部候補生を集めて何日か缶詰にして特訓するっていう、あれでしょ。」
「そうやねん。わいたち、それに行かされてんねん。昨日終わったばかりやけどな。えろう疲れたわ。なぁ、おい、しんどかったなぁ。。。」
「そうそう。もう二度と行きとうないな。特にあれがきつかったわ。マラソンな、大将、マラソンやで。まぁ、10キロやったけどな。日頃、ろくに走ったこともないっちゅうに。。。それからあの駅頭訓練。あれにはほんままいったで。」
「なんですか、その駅頭訓練てのは?」
「ほらほら、あの駅の前に一人で立って自己紹介したり、会社宣伝を大声出してやるってゅうやつや。」
「ああ、あれね。ハハハハ。皆さん、ほんとにやったんですか?」
「ハハハて、笑い事やないで、ほんまに。いま思い出しても恥ずかしいわ。ようあんなんやったと思うで。なぁ。」
「ほんまや。足が震えて声まで震えたわ。冗談やないで、選挙に出るわけでもないっちゅうに。」


ここまで聞いてきて思わず焼き鳥を持った手が止まった。そう言われりゃ、駅頭演説なんてこちとら「業務」の一端を成している。かれらの感想も実にそうだろうなぁ、と思える。自分だって初めて街頭演説をやった時は話がまとまらずにしどろもどろだった。ましてや、一般の人が突然、駅前の雑踏を前にしゃべろと言われても戸惑うのが当然だ。

素知らぬ顔で聞き耳を立てていると談論はますます熱を帯びていった。
「しかし、この近くでもよく駅で朝立って演説してる人がいますけどね。ハンドマイクかなんか持って旗立ててね。選挙出るんでしょうけどねぇ。よくやりますわなぁ。。」
「いや、大将、だいたいあいつら神経がおかしいんですわ。だーれも聞いとらんのに、ようあんなにべらべらしゃべれるわ。なぁ。」
「そうそう。政治家なんちゅうのは普通の神経じゃないんよ。第一、町じゅうに自分の顔でかでか貼ってんのやで。よう恥ずかしゅうないわ。それだけでも相当頭おかしいでぇ。」
「ハハハ。そやそや。わいやったら一枚もよう貼らんなぁ。。だいたい、そんなことしたら、かあちゃんからどやしつけられて家をおんだされるわ。ハッハッハ。」

ウウム。早く飯を食って帰りたいところなのだが、ますます耳が離せなくなった。宴会から飲み続けでこっちもずいぶんできあがってきているのだが、もう一杯っ!と焼酎を頼む。もちろん、かれらは隣に「業界人」が座っているなどとはつゆ知らない。「袖擦り合うも他生の縁」という言葉もある。せっかくの縁だ、よっぽど話に割って入ろうかとも考えたが、小生の素性が「刺身」になっている業界人だと知れるときっと場がしらけてしまうだろうと思ってしらんぷりを決め込んだ。


大将が焼き鳥の煙に目をしばたかせながら続ける。
「だけど、お客さん、やっぱり行ってよかったんじゃないですか?。その地獄の特訓。」
「うん。たしかにね。そりゃあ、ほんと言うと勉強になりましたわ。わいの場合、これまでお客はんとの会話がうまくいかんかったんですわ。なんちゅうか、こう、話題がすぐに尽きるんちゅうかなぁ。。。特訓じゃぁ、しゃべりとうないでもしゃべらなあかんかったですけんね。」
「ははぁ、なるほどね。よくわかりますよ。自分も昔、営業やってたから。まずは会話からですからね。とにかく話題をたくさん持ってなきゃいけませんわね。」
「そない言うてもなぁ。。。わいはあんまり社交的なほうやないしな。話題もあんまりありませんのや。なんか途中でシラーッとしてまうんやなぁ。。。」
「そりゃ、お客さん、やっぱり努力しなくちゃいけませんよ。まぁこっちで言やぁね、同じ客商売でも銀座のホステスさんなんかは凄いよく勉強してますよぉ。。」
「銀座? 銀座ってあの銀座? へぇ、大将、銀座なんか遊びに行かれまんの? えらい豪勢やなぁ。」
「いやいや、以前、営業の関係でね。ほら、接待ですよ、接待。」
「ふーーーん、やっぱ違いまっか。銀座は?」
「ええ。まぁ、一言で言うと高いだけのことはありますよね。特にママさんなんかはそれこそいつもお偉いさんばかり相手にしてますからね。話を合わせられなきゃいけないでしょう。いろんなことをよく知ってますよ。それに客に気持ちよくしゃべらせるのが実にうまいんだなぁ、これが。。」
「へぇーー、そう言やぁ、今度の講師からも言われましたわ。自分がペラペラしゃべるんやのうて客にしゃべらせないかん、ってね。」
「そうなんですよ。でもそのためには彼女たちもずいぶん努力するんですってよ。朝から新聞全紙に目を通すのは当たり前、経済情勢から外国のニュースにいたるまで全部頭にたたきこんでから店に出るって言ってましたよ。二度目に連れてくとお客さんの会社のことまでちゃんと調べてますからね。驚きます。」
「ほーー、そりゃたいしたもんやなぁ。そやけど、あんまり知ったかぶってもいかんのと違います?」
「そこがまたうまいんですよ。客が調子に乗ってきて議論ふっかけてもね、ああ、そうなんだぁー、なんてかわいらしく言って決して請け合わない。ハハハ。議論したっていいことなんかひとつもないですからね。ひたすら客の言うことに感心してみせるんですよ。それもわざとらしくない。そして、上手に次の質問を繰り出す。これ、勉強してなきゃできませんよ。あんまり的外れなことは言えないですからね。それを実に見事にやってのける。」
「うんうん。。。そりゃ、ほんとのプロでんな。いや、実にたいしたもんやなぁ。。。なぁ、おい。」
「先輩、この次は社長さんに言うて銀座で特訓させてもらいまっか?。」
「お前、たまにはいいこと言うじゃん! 地獄じゃなくて天国で特訓か。そりゃいいや! ハハハハハ。」


ハハハ、と思わずこっちも声が出た。みんなの視線がいっせいにこちらに注がれたがニヤニヤしてごまかす。それにしてもなかなかみんなよく見ているな、と思う。たしかにそうだ。時折、小生もフラリと銀座に顔を出す。銀座はやはり日本を代表する「夜の顔」であってあらゆるものが洗練されていると感じる。当業界では銀座のクラブに行くことを「クラブ活動」などと自嘲して言ったりしているが、値段は確かに高いものの、たまにそういう空気を吸ってみるのも決して悪くはない。「何事も勉強だ!」と、そういう時にはあまり説得力のない言い訳を自らに言って聞かせたりしている(笑)。

いつだったか、某党の某代表が「銀座や赤坂で飲んでいるような奴にはろくな奴がいない。」などとのたまって夜の女性たちから総スカンを食ったことがあるが、本気でそう思っているとするなら、それはあまりにも「狭量」に過ぎるという気がする。人間はいつもかつも杓子定規では生きられない。たまにすっかり気を抜いて酔いに身体をまかせることがあってもいい。彼女たちは上手にそのお相手をしてくれる。立派な「プロ」であり、「ビジネスレディー」であって学ぶことも多い。そんなことをあらためて思ったりした。

ともあれ、巷の居酒屋にはこういう話がいっぱいころがっているところがいい。でも、寝る前に大食いすると身体によくないって言うから気をつけないとな。。。。「クラブ活動」も度が過ぎないように。。。。(笑)。

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