たけしの忙中閑話

総理大臣新公邸

長らく移転改修工事中であった「旧総理官邸」が、このたび「新総理大臣公邸」として蘇り、先日、その内覧会が行なわれた。旧総理官邸は昭和4年に建設されたものであり、半世紀以上にわたる激動の時代を歴代の総理大臣の仕事場兼公邸として使われてきたものである。それが新総理官邸の完成に伴って、言ってみればいったんご用済みになったのだったが、なにしろ日本の政治のもっとも重要な舞台となった建物であるがゆえに、これを保存修復して迎賓機能を持つ総理大臣公邸として使用することが決まり、つい先頃まで移転と改修のための工事がおこなわれていたのである。

この工事はなかなかの難工事だった。日本最大級の「曳屋(ひきや)」をおこなったからである。「曳屋」というのは建物をそのままに移動させる工事のことで、総重量約2万トンの建物を南方へ約50メートル移動するとともに、東方向へ約8度回転させるという、聞いただけでもなかなか凄みのある工事なのである。どうりで時間がかかったわけだ。いつまでたっても工事中でいったいいつになったら完成するのかと、前を通るたびに思っていたのだが、説明を聞いてはじめてそのわけを合点したような次第である。

旧官邸は昭和初期に日本で流行していたデザインの典型的なスタイルの建物だという。なんでも「ライト風、アール・デコ、表現主義を残し、自由で伸びやかな設計思想がうかがえる」とパンフレットには記してあったが、残念なことに小生にはまるでその種の知見がないものだから、なんのことだかさっぱりわからない。こればっかりは行ってみて「ああ、そうか」と思う以外にないのだが、行ってみた感想はやっぱり「ああ、そうか」という域を出なかった。ただ、そう言われてよく見てみると、なるほど、当時としてはかなり斬新でお洒落なデザインだったんだな、という感じは伝わってくる。

新公邸の(「新」と言うべきか、「旧」と言うべきか判断に迷うところだが、お披露目の名称は「総理大臣新公邸」となっているので、以下、「新公邸」と言う)正面玄関をくぐると、その右手におそらくは国民の誰もが目にしたことのある有名な階段がある。そう、新内閣発足の際に閣僚が並んで記念撮影が行なわれるあの階段である。自分も初当選間もない頃にこの階段の前に立って「いつかはここに並びたいものだ」と思ったものである。その後、政務官になった時にあたかも閣僚と同じようにここで写真を撮ったのだったが、願わくはやはり「大臣」としてここに立ってみたかった。今は閣僚の記念写真は「新官邸」内で行なわれるようになったので、以後の閣僚はもうここで写真を撮ることはない。残念なことである。この階段は来館者にとってはきっと恰好のフォトスポットとなるだろう。

中を歩いて回ると、ずいぶんとくたびれていた内装が一新されていることがわかる。丁寧に完成当時の姿に復元したのだそうだ。自分が一年生当時は、ちょくちょくここを訪れていたので「相当に傷んでいるなぁ。。。」と思っていたのだが、すっかり元通りになったようだ。ちょくちょく来ていた、と言ったが、なにも官邸で仕事をしていたというわけではない。自民党の場合、どうしても時の「総裁派閥」でなければ総理官邸には行きにくいといった事情があるのだが、その当時、小生は時の総理を輩出している宮澤派だったことから、用があってもなくてもよく出入りしていたという次第である。

その点、新官邸のほうはあまりに警備が強化され過ぎていて、総裁派閥の議員たちにとっても出入りしにくいところになったようだ。かつてはよく上京された後援会の方々をともなって「官邸見学」をしたものだったが、今はそれもとても困難になった。警備はもちろん必要だが、あまりにも国民から遠い官邸というのも、いかがなものかという感じがする。今度の「公邸」のほうは迎賓機能も兼ねているというので、もっとオープンにしてもらいたいものである。そうすれば来館者の方にももっと政治を身近に感じていただくことができると思う。

一人でブラブラと中を歩いていると、ドヤドヤと我が党の一年生議員の集団が入ってきた。かれらはわずか一年前に当選したばかりだから、この間、新公邸はずっと工事中だったわけで、初めて中に入る人が多かったのだと思う。入ってくるなり、公邸の威厳あるたたずまいに「ワァーー!」とか「おぉ、スッゲェーー!」とか歓声、奇声をあげている。一人で見て回るのもつまらないと思い、しばらく彼らと一緒に見学することにした。

今度の公邸の「売り」は二つある。ひとつは古い外観に似合わず、最新設備が完備されていることである。中でも最大の「売り」は環境エネルギー設備だろう。これはテレビでも紹介されていたが、新公邸には「家庭用燃料電池」が2基設置されている。「燃料電池」とは、水素と酸素の化学反応によって湯を沸かすと同時に発電をするというすぐれものである(と言っても小生にはいまいち仕組みがよくわからない)。なんでも市販された家庭用のものとしては世界初なのだそうだ。さらには新公邸の屋根には「太陽光電池パネル」が設置されている。とどめは「風力発電」で、公邸正面の西側には風力を利用した発電装置が置かれている。まぁ、「地球に優しい総理公邸」といったところであろうか。。。

自分は過去に何度も行ったことがあるので、だいたいの様子はわかってはいたが、全員が「オオゥッ!」と驚いたのは新しく作られた「茶室」と「和室」であった。それはそれは見事なもので、公邸の中に「金閣寺」と「高級料亭」が引っ越してきた感じとでも言おうか、、、、まぁ、そこまで言うとちょっと大袈裟か(笑)。とにかく、そのくらい立派なものだった。これらの部屋はおそらくは国賓級の要人などの接待に使われれるのだろうが、そりゃぁ、新総理官邸のどこにでもあるような部屋に比べればその風格あるたたずまいは際立っている。ここでの接待はきっと大いに喜ばれるであろう。ぜひ、一度はここで「お茶」などいただいてみたいものである。

そう思って部屋を見回していると一年生議員の一人が言った。

「岩屋さん、こりゃあ、ちょっと贅沢なんじゃないですかねぇ。税金の無駄だって怒られないでしょうか。。。」

「いやいや、そんなことはないよ。外国のお客様をお迎えするにふさわしい空間だ。本来は新総理官邸もあんな西洋風のじゃなくて、純和風にすりゃぁよかったんだと思うけどね。。。」

「だけど、総理とか外務大臣とか官房長官しか使えないんでしょ、ここは?」

「ハハハ。君、若いのに志が低いねぇ。。。そんなこっちゃ駄目だな。俺なんか、さっきから、ありがたいなぁ。。。俺が入る時のためにこんな部屋まで作ってくれて、と思ってるぜ。」

「ハハハハハ。そ、そうですね。そう思えばいいんですよね。ハハ。」

・・・てなわけで、ちょっとばかり偉そうな口をきいたりしたのだった。

実は旧公邸のときは「幽霊が出る」という話でもちきりだった。最近では森前総理がその「恐怖の体験」をしたという。ここは2・26事件や5・15事件の舞台となったところでもあるし、公邸の壁には今でもその時の弾痕が残っている。おそらくはその青年将校たちの「亡霊」が出るのであろう。ある晩、森前総理がベッドで寝ていると「ザックザック」といういかにも複数の軍靴の足音が近づいてきてドアの前でぴったり止まったそうだ。慌てて飛び起きた森さんが「誰だ!そこにいるのはっ!」とドアを蹴り開けたのだが、そこには誰もいない。すぐに秘書官に連絡を取ったが、当然のことながら誰かが公邸に入ってきたという痕跡もない。そこではじめて背筋がゾーーーッと寒くなったのだそうだ(ご本人から直接聞いた話である)。

この話にはさらに続きがある。森さんが小泉さんにその座を譲った時、その「幽霊」の話を引き継いだ(?)のだそうだ。その時、小泉総理は「ハハハハハ。森さん、なに言ってるんですか。幽霊なんかいるわけないじゃないですか。俺はそんなのまったく信じないから怖いことなんかないよ。」と言ったらしい。しかし、あとで聞いてみたら、小泉さんは公邸に引っ越す時にちゃぁーーんと神主さんを呼んでお払いをしていたんだって。。。まぁ、誰もそんなことを聞いて気持ちがいいはずはないから、小泉さんの行動もわからなくはない。問題はその「幽霊」が今でも住みついているかどうかだが、こればっかりは公邸の「主」になってみなければ確かめようがない。ちょっぴり怖いが、これまたいつの日か確かめてみたいことのひとつである。

そんなわけで、古びた公邸が見事な新公邸として「劇的ビフォー・アフター」的にできあがったのである。こっちのほうは総理の仕事場である新官邸と違って一般の方の見学も比較的許されるようだから、皆さんもぜひ機会があればのぞかれるといいと思う。日本の政治の歴史の主舞台であった建物であるだけに、一見の価値は十分あると思う。

家に帰ってからかい半分に家内にこの様子を伝えた。

「いやぁ、将来のために新総理公邸を見学に行ったけど、なかなかよかったよ。お茶室もあるし、宴会場もある。総理大臣の私的スペースもゆったり取ってるそうだ。。。」

「わぁー、ほんとぉー。嬉しいわぁ。。。とっても楽しみ!」

「え!マジ、、、かよ?・・・・・・・」

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