たけしの忙中閑話

ローマの休日

この夏、衆議院から派遣された視察団の一員として一年ぶりにローマに滞在する機会を得た。視察団の目的は「イタリアの国会のねじれ状況の研究」という笑うに笑えないテーマである。目下、日本で我々が七転八倒している「ねじれ国会」というのは世界の中ではそれほど珍しい現象ではないらしく、先進国でも結構、あちこちの国に散見される。「初心者」の我が国としてここはぜひとも「熟練者」の指導を仰ごうという次第である。

とはいえ、小生は連日のように地元での国会報告日程を既に立ててしまっている。残念ながら初日からは参加することができず、やむなく中途参加することにして、先発隊とはローマで合流することになったのだった。

既に述べたようにローマには昨年やってきたばかりだ。しかし、その時は外務副大臣として国際会議に出席することが目的だったので、空港と会議場とホテルとを移動したのみであって、街を観光する時間などまったくなかった。その前にローマに立ち寄ったときも同じように仕事に追われていて、これまでとうとうローマの町を知らないままできた。過去二回は単なる「通行人」にしか過ぎなかったわけだ。考えてみればもったいない話である。

「今回もまた同じかな・・・」と半ばあきらめていたのだったが、小生は中途参加であったがためにローマに着いて先発隊と合流するまでに半日ほどのフリータイムを取ることができた。今度こそローマの町を見てみようとその方法を思案したのだが、個人的な観光に外務省を付き合わせるわけにもいかない。そうだ、これだけ有名な観光地なら日本人専用のバスツアーがあるだろうと探してみたら、案の定、JTBがやっている頃合のものがあったので、迷わずそれに参加することにした。

指定されたホテルの窓口へ行って待っていると、次々と日本人観光客がやってきた。老夫婦もいればお子さん連れの若い夫婦もいる。見るからに新婚さんだろうという初々しいカップルもいてこっちもだんだんと旅人の気分になってくる。申し込み順に点呼が終わるとガイドさんに従って早速にバスに乗車し、待ちに待った「ローマツアー」が始まった。

半日のコースなので、それほど多くの場所に立ち寄れるわけではない。かの有名なコロッセウム、バチカンのシスティーナ礼拝堂、トレビの泉、スペイン広場などを巡りながら、その他の史跡についてはバスの中から説明を聞きながらの見学となる。あたかも遺跡の中に暮らしているようなこの街をじっくり見るためには本当は最低でも一週間を要するのかもしれない。まさしく「ローマは一日にして見れず」だ。しかし、この種のツアーには「必見」スポットが上手に並べられているので、初心者にとってはまずはこれが一番手っ取り早い。

どこへ行っても大変な人だかりだ。それもそのはず、ローマはパリと並ぶ世界的な観光地であって一年を通じて世界中から観光客が押し寄せてくる街である。日本では数年前からヴィジット・ジャパン・キャンペーンなるものが始まってようやく外国人観光客が年間800万人ほどに増えたのだが、フランスでは7000万人、イタリアでも5000万人はくだらないだろうことを考えると、まだまだ我が国は「観光小国」の域を脱していない。

三度目のローマでようやくにして必見スポットを攻略することができ、大いに満足したのであったが、それにしても、と思ったのはこの街を舞台にしたかの名作「ローマの休日」の影響力の大きさについてである。ローマの街を巡っていくとあの妖精のようなオードリー・ヘップバーンの面影と映画でのシーンが次々とよみがえってくる。「必見スポット」の大半はグレゴリー・ぺックと彼女とのデートに使われた場所なのだ。古代の大帝国の首都であったこの街があの映画ができるずっと以前から世界を代表する観光地であったことは当然なのだが、かの映画によってこそ、いよいよ現在の「不動の地位」を確立したと言っても過言ではないだろう。

実際、オードリーが食べたジェラードを味わってみなければローマに来た甲斐がない、というようなことになっている。トレビの泉で後ろ向きにコインを投げることも、「真実の口」に手を差し入れてみる悪戯も、まさにあの映画によって世界中の人々が知るところとなった。「王女様としがない海外特派員のつかのまの恋」という題材も乙女心をいまだにくすぐり続けてやまない。それらがあいまって現在のローマ観光の魅力を形作っているということが、実際にこの目で見、この足で歩いてみて実感されるのである。もしかしてあの映画はイタリア観光庁かなんかの策略で作られたのではあるまいか。。。

私が生まれ育った街もローマに比すればいささかスケールは小さいと言えども、日本を代表する温泉観光地である。最盛期には「東洋のナポリ」を自称していたほどに栄えた街だ。最盛期に次の時代に備える努力を怠っていたがために、新婚旅行ブームや修学旅行ブームがが去ったあとは長らく苦戦が続いていたが、ここへきてようやく新しい町づくりの気運が芽生え、徐々にその取り組みが軌道に乗りつつある。

惜しむらくはローマにおける「ローマの休日」のごとく、史実であれ、小説であれ、映画であれ、誰もが知っている恋の物語がないことだ。いや、実はあるにはあるのである。柳沢白蓮という当代を代表する美女と九州の炭鉱王との悲恋の物語なのだが、その愛の巣であった「赤銅御殿」という明治大正時代を代表する別荘建築はとうの昔に姿を消してしまっている。「町づくりは町残し」とも言われるが、観光資源になりうる遺産を次々と取り壊してきてしまったことはかえずがえすも残念である。

まぁ、そんなことをつらつら考えながら半日のローマ観光を楽しんできた。古代ローマ人の足跡はいまなおローマの人々を潤している。丁寧な町残しの継続こそが観光地の魅力を増大させていく王道なのだということをあらためて思い知らされた旅でもあった。

そう言えば、別府の支援者の奥さんでオードリー・ヘップバーンにそっくりな人がいる。老舗の旅館の若奥さんなのだが、背格好といい、髪型といい、全体がかもしだす雰囲気といい、まさに和製ヘップバーン。そこで小生がつけたあだ名が「オードリー・ベップ(別府)バーン」。そうなると旦那のほうはいきおい「グレゴリー・ベップ(別府)」ということになる。

観光別府発展へ向けてご夫妻のさらなる活躍を祈るばかりである。

最初にもどる