たけしの忙中閑話

ツイッター

最近、「ツイッター」なるものをやっている。ご存知でいらっしゃる? そう。インターネット通信の一種なのだが、これまでのものに比べると、より簡易かつ簡便な仕組みであって、それがゆえに目下、急速に普及しつつあるというシロモノだ。

実は小生、議員の中では(特に自民党の中では)かなりネットを使ってきたほうではないかと自負している。今から23年前に大分県議会に初当選した際、とある先輩議員から「これからの政治家はパソコンくらい自在に使えなければ駄目だぞ」と言われ、「うん、それもそうだ」と思い、当時、「パソコン通信」と言われていたものに取り組んだのがネットに触れるきっかけだった。

小生、それまではワープロ(懐かしい名前だ)は使ったことはあったものの、パソコンには触れたこともなかった。だが、その当時、年来の友人である孫正義君が既にパソコンソフトの流通事業を展開していたこともあり、「これからはこの分野に理解を深めなきゃいかん」という風には考えていた。だからだろう。先輩議員の「一言」に触発されてそのことを思い出し、それで思い切って初めてパソコンを購入したような次第だった。

その当時、大分県には「COARA」という全国でも先駆的なローカルな通信網があった。小生は同僚議員と語らってその中に「行革三勇士の県議会サロン」というコーナーを開設し、県議会での議論を紹介したり、それについて参加者と議論を交わすなどして、ネットによる通信の楽しさと面白さを体感した。会ったことも無い人と、パソコンひとつで、しかも時間差でやりとりができるというのは、それまでに経験したことのない会話スタイルであって、とびきり新鮮な体験だった。あんまり面白いのでその当時は夜の夜中まで夢中でやったものだ。

しかし、一方で時に「苦痛」を感じたこともあった。当時はまだ「インターネット」という言葉も普及しておらず、「パソコン通信」という会話のスタイルそのものが目新しいものだったので、「ネチケット(ネット通信上の作法)」が十分に育っていなかったのだ。それがゆえに、場合によっては議論が紛糾したり、非難中傷ばかりが横行したり、のちに言う「炎上」めいた事態に陥ることもしばしばだった。

まぁしかし、その時の経験は今に活かされている。小生自身も苦い体験をたくさんしたからだ。ネットというのは、あくまでも機械を通じた間接対話である。それも多くの場合は「匿名」による会話である。それがゆえに、言葉の選択には細心の注意が必要とされるのだ。

会ったことも無い人と、相手の表情を確かめることもなく言葉を交わすのであるから、考えてみれば恐ろしい話ではある。ワーディング(言葉遣い)に注意を要するのは当然だろう。しかし、何度となく苦い経験をしないとその感覚もなかなか身につかない。小生の場合、今でも決して十分ではないけれども、「送信」する前に、使用した言葉や、場の雰囲気を再吟味してみるという習慣は身につけることができたのではないかと思っている。

まぁ、そんなこんなでいろんな経験をしたのだが、それらを通じてつくづく思うことは、日本人というのは本来は誠に丁寧で優しい人たちだということだ。ある日、突然に乱暴でぶしつけなメールを送りつけてきた人も、それにグッと堪えて丁寧な返事を返せば、その次からはがらっと人が変わったような丁重な返信をよこしてくれる。そんな経験を通して、ネット通信だろうがなんだろうが、「会話」である以上、まずは何よりも気持ちを通わせることが大事なのだと痛感した。

「どうせ読みもしないんだろう」、「どうせ返事なんか来ないんだろう」という気持ちが尖がったメールを書かせてしまう。だから、小生は来たメールにはどんなに短くとも必ず自分で返事を書くようにしている。時に「ガクッ」とくるような辛辣な内容のものもあるけれども(笑)。まぁ幸い、いまのところはそれができている。「電子メール」とて「お手紙」と同じだ。お互い、最低限のエチケットを守るところから、友好的で楽しいやりとりができるようになるのだと思う。

ま、それはいいとして、その後、小生はホームページを開設し、やがてメルマガをスタートさせ、次にはその携帯版を作るなどして、できるだけ時流に乗り遅れないようにと努めてきたつもりだ(だからして原稿を書いている時間も結構な長さになる)。が、最近はあまりに進歩のテンポが速過ぎてなかなかに追いつけなくなり、常に「乗り遅れ感」を抱いているような始末となっている。

特にこの頃は文字だけではなく、写真や動画も加わるようになって一気に伝達できる情報が質量ともに豊かになってきた。しかも、そのほとんどの作業が携帯電話で可能だというのだから、20年前からすると、「急速」というよりも「超速」の進歩である。今後はそれがさらに加速していくのだからして、ウカウカしているとあっという間においていかれる。おーい、もすこし、ゆっくり進んでくれいっ!

で、本題に戻る。「ツイッター」である。

「ツイッター」という言葉に最初に出会ったのは、先のアメリカ大統領選挙の際だった。時のオバマ陣営はあらゆる電子媒体を選挙戦に駆使していると伝えられていたが、その中のツールのひとつとして注目されたのがこの「ツイッター」だった。

オバマ候補が一言つぶやくと、それがまたたく間に何十万人、何百万人に伝えられると聞いてびっくり仰天!「いったい何じゃい、それは?」と記憶に止めてはいたものの、仕組みがよくわからないのでそのままにしておいたところ、ある日、秘書をやっている弟が「兄貴、ツイッターやってみたらどう?」と勧めるので、「メルマガだけでもけっこう大変なのに、またやっかいなものを持ち出してきたな」と思いつつも、「これ以上、時代に乗り遅れてはいかん!」という気持ちも手伝って、ついにやってみようと決心したのだった。

しかし、これがやってみると実に面白い!!! なんと言っても、一回の「つぶやき」に要する字数が140字以内に制限されているのがいい。だから、書くのが苦にならないし、フォロワー(自分の発言を受けとめてくれている人)とやりとりするにもたいして時間を要しない。パソコンの前に座っていなくても、移動中のモバイルからでも簡単につぶやけるし、他の人の発言もフォローできる。てなわけで、これまでにない極めて使い易い通信システムなのだ。よう、こんなん考える人がおるもんじゃ。偉いもんやなぁ。

しばらくやってみて、あんまり字数いっぱいに書くのはかえって無粋だという風にも思い始めているが、政治向きの話になるとついつい気負いこんで長くなってしまうのが悪い癖だ。「つぶやき」なんだからね。それなりがいい。まだまだ「ツイッター」の世界では小生は初心者である。同好諸氏のご指導をいただいて、徐々に腕を上げていきたいと思っている。

お陰で、始めて間もないのに、既に3000名を越える方々が小生の発言をフォローしていただいている。さして有名人でもないのに実に有り難いことだ。そして、何よりも、小生の愚見に対して瞬時にしてたくさんの反応やご意見がいただけるのが有り難い。時に、ざっと参加者の発言を眺めてみても、そこになんとなく「時流」というものが感じられてとても勉強になる。谷垣自民党ではないが、いま、我々に必要なのは「しゃべる」よりも「聞く」ことだろう。それがためにも「ツイッター」でたくさんの声を聞かせていただきたいと思っているところである。

どうです? 貴兄もぜひ、つぶやかれてみては。。。

http://twitter.com/takeshi108
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