たけしの忙中閑話

河野太郎君の唄

先週開かれた僕と河野太郎君が所属する為公会(麻生グループ)懇親会の二次会の席でのことだ。「じゃあ、みんなで歌でも唄うか」ということになって、参加者の中では最年少の河野太郎君のところにマイクが回った。彼が迷わず選んだ曲は「冬の稲妻」。スクリーンにタイトルが映し出された瞬間、「おー、太郎ちゃん。なかなかいい選曲じゃないか!」と声がかかったのであったが。。。

いやー、実に驚いた。久々に人の唄を聴いて仰天し、そして感動した。なんと言えばよいのか。。彼の唄は実に筆舌に尽くし難い。うまい、、、のではない。それどころか、音程が完璧と言っていいほどにはずれているのだ。失敬ながら「下手」などという次元を通り越している。いまどき、こんなに音程がはずれた唄は聴いたことがない。いや、生まれて初めてと言っても過言ではない。これほど外れた音感の持ち主は日本中を探しまわったとて見つからないのではないか。

「冬の稲妻」は言うまでもなく「アリス」の持ち歌だ。「貴方は稲妻のよぉ〜おにぃ〜」で始まる、リズムのよいパンチの効いた歌である。僕らの若い頃にさんざん流行ったし、僕もよく唄ったものだ。が、河野君が唄うと、嘘ではない、まったく違う曲に聞こえるのだ。「テンポ」だけは合っているのが唯一の救いだが、それにしても、どうやったらあんな風に唄えるのか、、、まったくもって想像もつかない。

おそらく「自覚症状」はあるに違いない。であるならば、普通なら断固唄わないか、あるいはいかにも自信なさげに唄うところだが、彼が「あっぱれ」なのは実に堂々と大音響で唄い切るところだ。唄い出した途端に場内は抱腹絶倒状態に陥ったのだが、それをものともぜす、「自動編曲」した歌で場内を圧倒し続けた。聴いているほうは腹を抱えて苦しんでいたり、耐えきれず床に転がっていたりしたのだったが、それでもひるむところがまったくない。ここまでくれば「見事!」と言うほかはない。これはもう「才能」だ。

念のために言っておくが、馬鹿にしているのではない。それどころか、真面目に敬意を表している。政治の現場における彼はいつもストレート勝負、直球勝負だ。外連味がなく細工も一切ない。そして、正義感に溢れている。しかも、ビーンボールになろうがデッドボールになろうが決してひるまない。だから、時々本当にデッドボールになって顰蹙を買うこともある。が、それでもやめない。そんなところがそのまま唄に出ているのだ。だから、聴いていて気持ちがよい。笑い転げたあとにスッキリする。

正直に言えば、知り合った当初、僕は彼にはずいぶんと違和感があった。名門育ちの留学帰り。三代目の彼は選挙に苦労することもない。英語をネイティヴと変わらぬほどに流暢にあやつり、議論に至れば先輩だろうがなんだろうが容赦なく激烈な攻撃を加える。しかも本人の目の前に立ってやるのだからたまらない。「こりゃあ、異常な神経だ」と思っていた。「到底、合わないな」とも思った。が、つき合っていくうちに、根っこはとても純粋で馬鹿がつくほどに正直な男だということが段々とわかってきた。

圧巻は父親(河野洋平元衆議院議長)の命を自らの肝臓を移植して救ったことだろう。僕らは当時、麻生グループの前身である「河野グループ」に属していた。河野先生は長年にわたって肝臓病を患っておられ、ある時期からは顔色が病的に黒くなり声も痩せ細ってしまって、素人である僕らの目からも相当に容態が悪化していることが見て取れた。そんなある日、グループの会合で河野父子が生体肝移植に踏み切ることを知らされ、一堂、仰天したことを今でも鮮明に覚えている。

太郎君は移植手術の決心をして以降、毎日、議員会館や議員宿舎の階段を上り下りするなどして身体を鍛え、肝臓の状態を完璧なものに作り変えていった。いくら親子であるといっても、健康そのものの自らの身体を削り取って親の命を救うなど、なかなかできることではない。太郎君は時に容赦もなく洋平先生を公然と批判していたりしたので、これまた「情も常識も無い仕業だ」などと思っていたのだが、手術に備えて黙々と準備を続ける彼の姿を目の当たりにした時、僕は自らの不明を恥じたのだった。

その太郎君の文字通りの「献身」の甲斐あって、洋平先生はほどなく健康を回復され、のちに史上最長不到の衆議院議長をつとめることになる。歴代の自民党総裁の中で唯一、総理大臣になれなかった洋平先生ではあったが、与野党の信頼は極めて厚く、最終的には歴史に残る「名議長」と称賛され、先の総選挙を機に引退され、惜しまれながら長きに亘る政治生活に幕を閉じられた。それも太郎君の「肝臓」が為さしめたことだった。これ以上の親孝行はあるまい。

何が言いたいかと言えば、太郎君の唄にはまさしく彼のそういった人柄がストレートに出ている、ということだ。一見、「常識外れ」に見えるその言動は常識外れの「音程」に表れていて、それでもなおかつ聴く者の心を晴れ晴れとさせてしまうのは、彼の「真心」がそこに表れているからだ。彼のあとに自分も持ち歌を唄ったのだが、「どうも自分は技巧に走っているのではないか」と思わず反省させられた。さらにそのあと二人でデュエットするはめとなったが、せめて自分だけは正常な音程を保とうとはしたものの、ついに抗えず、二人して一堂の爆笑を誘う始末となった。どうにも並はずれたパワーである。

帰り際に麻生先生に「あれは遺伝ですかね?」と聞いたところ、河野洋平先生は一度だけ人前で唄ったことがあったそうだが、「あれほど音程ははずれていなかった」そうな。ちなみに、麻生太郎先生は以前にも一度、河野太郎君の唄を聞いたことあるそうで、その時やはり相当な衝撃を受けたのだという。で、そこから先がいかにも麻生先生らしい。「ところでお前、唄とゴルフではどっちがうまいんだ?」と太郎君に聞いたところ、「もちろん、唄です!」と答えたそうで、以来、麻生先生は太郎君を決してゴルフに誘わないんだと。

僕はこの話を聞いてますます河野太郎君が好きになった。

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